R18リレーインタビューVOL.6 【川瀬陽太編】
ピンク映画ではどうしても女優さんに目がいってしまいますが、そうはいってもそこは男女のこと、男性なしでは話が始まりません。そんな中、満を持して登場する6回目のゲストは今のピンク映画界を知り尽くした男・俳優の川瀬陽太さんです。役柄ごとに違う魅力を見せてくれる川瀬さんですが、その素顔はいかに? デビューのきっかけからピンク映画の現代史まで語る語る! それにしてもマシンガン・トークの川瀬さん、その情報量たるや半端ではありません。気分的にはいつもより二倍速でお楽しみください。
■川瀬陽太:『団地の奥さん、同窓会へ行く』(Aプロ)/『たまもの』(Cプロ)/『言い出しかねて』(Dプロ)
▼助監督から俳優へ
ーどのようにしてピンク映画の世界に入ったのですか?
川瀬:僕は自主映画をやっていて、『ラバーズ・ラヴァー』(福居ショウジン監督/'96)という映画でデビューさせてもらった頃に、俳優の伊藤猛さんの口利きで福間健二さんの『急にたどりついてしまう』('95)という自主映画に参加したんです。そこにピンク業界の方がスタッフで多数いらっしゃって、(サトウ)トシキさんとか瀬々(敬久)さんとかとも一気に知り合えたんですね。それで瀬々さんが三宅島で映画を撮ることになった(『すけべてんこもり』/'95)ときに呼んでいただいて、瀬々さんの作品が4本ぐらい続いて、その後でいまおか(しんじ)さんや国映まわりの方々が使ってくれて、そのうち他社の方も使ってくれるようになって…という感じです。
—1995年より前は自主映画以外の商業映画の仕事はしてましたか?
川瀬:もともとは僕は助監督なんですよ。ただ、自主(映画)の助監督という全く屁の役にも立たないような…(笑)その頃まだVPという企業用のPR映画が結構あったんで、そこらへんでバイトしてるとそれなりに食えたんですね。それで何となく自主とVPの間を行ったり来たりしながらやっていて、でも『ラバーズ・ラヴァー』のときに現場が資金的な面も含めて立ち行かなくなっちゃって。このままじゃ(企画が)つぶれちゃう、現場をいったんバラすか現有勢力でやるかっていうときに福居さんが「じゃあお前でやるか」ということになって。あくまで繰り上げ当選的なものだったんで、そういう意味では役者役者した感じとは違うかもしれませんね。
ーそれ以前に観客としてピンク映画は観ていましたか?
川瀬:いや、観てなかったです、正直。その当時はよっぽど意識的にその世界に近づいてないと知る事ができない所にいましたね。僕らはちょうどアフター塚本(晋也)世代で、映画つくりたいっていうとコマ撮りだとかハイパーな映像がかっこいいみたいなところでやってたんで、どっちかっていうと(ピンク映画は)もっとしっとりした世界なんだろうなと思ってはいましたね。でも始めてみてこれだけ続いたのは、使ってもらえたというのと、あとやっぱり当然楽しくなっちゃったんですね。最初はひとつひとつのことがカルチャーショックだったし、けっこうドキドキしましたけど、もともと助監督的な気質があったんで、あんまり眠たいこと言わないでやろうという感じでやらせてもらって、それはとってもよかったですよ。
ー佐々木ユメカさんのインタビューで、川瀬さんとは『団地の奥さん、同窓会へ行く』(Aプロ)が初の夫婦役だったとうかがいました。
川瀬:そうですね、若いカップルみたいな役は多かったんですけど、いわゆる夫婦というのは初めてで。しかもその時に僕が私事ながら結婚をして、それが元で(脚本の)小林(政広)さんが、ご祝儀じゃないけど僕の名前でああいう話を書いてくれて、トシキさんも「しょうがないからお前でいっか」みたいな感じで使ってくれて。役者もやってて嫁さんも働いててっていうシチュエーションはそのままなんですけど、ピンクの現場自体は多少ファンタジックに描かれてますね。ただ置かれてる者の心情としては多少なりとも似たところがあったりとか。
ーサトウトシキ監督とはこれ以前にも一緒にお仕事されてますよね?
川瀬:何本かやってはいるんですけど、主役は初めてですね。端から見ててトシキ組の主役のつらさは知ってたんで、もう吐きそうになりましたね(笑)。どこか嘘をやってたりするとトシキさんにはすぐバレちゃうんで「じゃあもう一回」と千本ノックだから。NG出すとフィルムは回ってるのに未現像になっちゃうわけですよね、ビデオと違って何回も撮り直せるわけではないし。「それでもこの人は(フィルムを)回してくれるんだ!」みたいなのがあって。(『団地の奥さん、同窓会へ行く』でも)ラストのほうでピンクの監督に初めて異を唱えるシーンの撮影は、一方では劇中劇の撮影隊役の人のカメラが待機してて、もう一方では本物のカメラも待ってて、あんな異常な現場なかったですね(笑)。俺もユメカもあんまりものを考えないタイプだし、トシキさんみたいな人にあんなにガッチリ撮られたのは初めてだったんでドキドキしましたね。その前に女池(充)さんの作品で僕とユメカと田中要次さんで軽妙なラブコメみたいなのを一本やってたんですけど(『ぐしょ濡れ美容師 すけべな下半身』/'98)女池さんもやっぱりトシキさんの遺伝子を引き継いでるんで長撮りの兆候があって。ただ、あの時は撮影が長田勇市さんでせっかちな方だったんで、監督が「もう一回お願いしますよ〜」と言っても「ハイ、もう駄目、次行く!」みたいな感じで割とサクサクと。その反動がその後に女池さんとやった『不倫妻 情炎』('00)のときにきて、そこで女池さんはいい感じに垢を落としたなと思ったらあんまり呼んでくれなくなっちゃった(笑)。
ー監督はテイクごとに具体的に「ここが違う」というような演出はされますか?
川瀬:いや、言わないですね。言わないですけど「違う」って言われると違うなっていうのはわかるんで…何て言うんですかね、やっぱり長かったり集中力が途切れたりすると普通は程度問題で「ま、いっか」という感じになるんだけど、トシキさんの場合はある程度狭めた中でも自由にふるまえないとOKが出ないんです。
ーOKが出たときは、自分の中でその実感はありますか?
川瀬:そこがまた難しいところで(笑)、自分が上手くやれたと思うときは段取りになってるわけですよ。そうするとスタート地点にまた戻るというか。ただ、何回も何回もやってるうちにいい意味で疲れてきたりもするんですよね、何かやってやろう、とか上手く見せたい、とかがなくなってくるんです。要するに、笑えるシーンのときに笑わせようとすると駄目で、笑われなきゃいけないときってあるじゃないですか。こっちが笑わせようとすると客は引くんで。一生懸命やってないと笑えなくなっちゃう、というところにトシキさんは厳しいと思いますね。僕らが妙な手練手管を使う事を嫌がるというか。
ー佐々木ユメカさんは、川瀬さんとのカラミはもう「兄弟みたいだ」とおっしゃっていましたが?
川瀬:ああそうですね、「親とやってるみたいで嫌です」と書いておいて下さい(笑)。いや、もうほんと「おかあちゃん」て感じですかね。ピンクって面白いのは、男でも女でも同じ釜の飯を食ってるというか、しかも何から何まで見せちゃってるわけで──それはもうジャンル・ムービーとして必ずそのシーンがあるわけで──そういうつきあい方をしているとつながりも強くなりますよね、やっぱり。
▼林由美香さんに学んだこと
ー『たまもの』ではかなり個性的な役柄での出演でしたが…。
川瀬:『たまもの』は、何も覚えてないっちゃ覚えてないですけどね(笑)。いまおかさんのだとこの間撮り終わったやつ(『絶倫絶女』原題=おじさん天国)でも伊藤猛さんがとんちきな役をやっていて、どうやらユメカも飛び道具に…伊藤さんとは「あいつもこっちの世界に入ってきたね!」って冗談を言っていたんですけど。でもそれはいまおかさんなりにちゃんと「適当に」考えてくれてるっていうか…そういう意味ではこんなのやってもいいや、みたいな。まあドーラン渡しておけばいいじゃん、とか、髪長いやつがいてもいいじゃん、とか(笑)。でも実際たいした逸脱じゃないし、まあ笑ってもらってよかったなと。不思議とブルー入らないんですよね、いまおかさんだからしょうがない、いまおか映画の住人になろうということで。
—(笑)こういう役どころだと(役というよりも)「川瀬さんを観る」という感じですよね。
川瀬:あ、そうですね。本当に何も考えてないし、考えちゃいけないと思ってるんで。醜悪に見せたりとか、あまり作ってやったぞみたいな感じではやらないというか。さっきのトシキさんの話ともかぶりますけど、俺のダメなところとか間抜けなところがそのまま出たりすればいいんだろうな、と。いまおかさんはいわゆるイメージ・キャスティングはあまりしないんじゃないかな。『たまもの』のときも(林)由美香ちゃんのことを最初から選んでいたわけじゃないし。基本的には「こいつでいこう」というのではなく「この人だったらこういうふうに」という感じ。極端な話、「この人はないだろう」というのもないかもしれませんね。ただ、『たまもの』に関しては由美香ちゃんもそういう人なんですよ。「これがやりたい、あれがやりたい」というタイプの人ではない。由美香ちゃんは俺が(ピンクの)仕事を始めてから初めて会った有名な女優さんだったんですけど、『たまもの』のときは「いまおかさんてこんなだっけ?」みたいなメールがたくさんきた。わりと詰めて芝居を要求してきたみたいで「もうどうしていいかわからん」と言ってたんで、「いいんじゃないですか、それはそのまま委ねてやっていけば」的なことを言ったのは覚えています。由美香ちゃんが映っていればいいんですよね、いまおかさんは。由美香ちゃんが可愛いとかではなくて、多少なりとも知り合って色々会話をしていったときに、由美香ちゃんのいいところであったりとか、面白いところであったりとかをいまおかさんも知ってるわけで。僕らも本人が苦しんだり悩んだりした以上に「由美香ちゃんがやるんだから大丈夫」というのがあった。そういう意味では由美香ちゃんは芝居だって上手いと思うし、それだけじゃなくて由美香ちゃんがやってくれればおかしなことにはならんだろう、という確信はありましたね。あの人の天性の軽みというか。
ーだからこそ色々な監督がそれぞれに思う像を投影してきたというか…
川瀬:ああ、そうそう、ほんと。そういう意味では水みたいな女の子で。「とりあえずどうしたらいいの、あたし?」みたいな言い方をするのって人によっては「もうちょっと考えてよ」ということなんだけど、由美香ちゃんのそれって違うんですよ。本当によくも悪くもなく「どっちでもいいよ」と言える。俺らって多少なりとも役者の我というか、「こうしたい」とか思うじゃない? それで監督とディスカッションしたりするわけだけど、由美香ちゃんの場合は「あなたがそうしたいんならそれでいいよ」と言う。だから、俺が無理にこうしようと思ったところで大した問題ではないんだ、もうちょっと近づかなければならない物事の本質──っていうと大げさだけど──があるんじゃないかって。それは由美香ちゃんに学んだことですね。
ーそれで言うと、田尻監督が吉岡睦雄さんを「作りこんだ芝居をする人」とおっしゃっていたのですが。
川瀬:ああ、それはあいつが舞台の人だからじゃないですかね。芝居が上手いから逆に吉岡自身が出る、と俺は思ってるんだけど。たとえばチンピラみたいな役でも吉岡がやるといい加減な男になったりとか(笑)。もちろん色んな高低差や強弱をつけて演じるんだと思いますけど基本的には「吉岡」っていうキャラで、そこが役者としてすごいと思います。
ー『言い出しかねて』では向夏さんという新しい女優さんとも共演されていますね。
川瀬:彼女は自分の感性を信じてやっているところと、ある程度自分の中でプランを作ってやってるのかなと思うところと半々のような気がしてましたね。ただ、今回の作品で言うと“目が見えない”というのがポイントとして芝居の基本にあるんで、わりとやりやすかったんじゃないかなと思います。おとぎ話的なものだから、後藤(大輔)さんはこういう話を本当に上手くやる方だなあと思いました。この三作で共演した女優さんは本当に三者三様で、それぞれの作品がそれぞれ彼女たちだったから上手くいったんだと思います。
ーサトウトシキ監督や瀬々監督といったいわゆる“四天王”と、いまおか監督や田尻監督といった一個下の世代と、両方の世代の監督と仕事をしてみていかがですか?
川瀬:(下の世代は)瀬々さんいわく「薄々弱々世代」ですね(笑)。80年代に多感な時期をすごした僕らとしては「ホイチョイ・プロ、冬はスキーだ夏は海だ、ミチコロンドン着るのか?」という世代だったし、いわゆる敵がいないじゃないですか。瀬々さんたち上の世代には抗うべき敵がいて、でもほんとにそうなんですよね。ピンクでもよく事件を扱ったりしますけど、俺らの世代の事件はちょっとストーリーにならない。やっぱりオウム('95)のときが映画を作る人の中でも最近では一番大きかったと思うんだけど、僕も今の猟奇的な事柄とかはあんまり興味がないんですよ。結果として猟奇的になったものの経緯は知りたいと思うけど…たとえば『ファーゴ』(コーエン兄弟)なんかは間抜けな話じゃないですか。でも揺さぶられるっていうか、余白なり空白なりに何かあるんじゃないかって思うんだけど、今のそういう事件はあまり興味がないなあと思って。僕らはやっぱりパーソナルなものに興味があるから、瀬々さんの描く人たちのように何かを負ってしまったとか、抗いようのない運命を背負った人の役は僕ら世代の監督たちはあまりふってこないですね。たとえば坂本(礼)の映画なんかは、自分の周りで自分が本当に感じたことをやる、日記みたいな感覚なんじゃないかなあ。自分の世界というか自分から見た世界ですよね。あいつの生活もまるでフィクションみたいに起伏に富んでるし(笑)監督によっては自分じゃできないから映画でやる人もいるだろうけど、坂本の場合は自分で行動できちゃうから身の周りをやるんだろうね。じゃないと撮れないというか、そういうものを撮りたくてやってる奴だから。これは瀬々さんとかとはアプローチが違いますけど。
ーそんな今の時代に上の世代の監督が社会に対する問題意識を持って撮っていくことは昔よりさらに難しくなっているのでは?
川瀬:ああ、瀬々さんの中でもやっぱりそれはあるみたいで。最近ね、瀬々さんが「パラダイムが転換したんだ」って映画のパラダイムシフトの話をしてですね、「あ、瀬々さんの中で何かが変わってる!」と思って。でも実際変わってきてると思うんですよ、僕ら世代的な風合いのことを瀬々さん的な目でみているというか…瀬々さんいわく「登場人物を放り投げたようにやりたい、後はどうなるかわからないけど」と。僕らの中でもこれからやっていく上において以前のようにはいかないぞ、という感じはありますね。僕らの世代は引き受けなければならないんですけど、今まさに僕らの世代が瀬々さんたちの世代にもの申す、じゃないけど、そういうのをやっている最中じゃないですかね。上の世代に対する何かはみんなあると思いますけど、その発露の仕方は本当に違うし、上がこうだったから下も同じような出方をするわけでもないし。思ってる方向は同じかなという気はしてるんですけどね。
ー瀬々監督やサトウトシキ監督の一般映画にも出演されていますよね?
川瀬:うん。でもやっぱりピンクの時とやる事は同じですけどね。今は本当にその垣根がないんで、どれが面白くてどれがつまんないかというだけの話。そういう意味ではいい世の中だなあとは思うけどね、ハリウッド映画でも何でも一緒っていうか。むしろ観てる側にその境目がないでしょ、作ってる側にあっても。作る側のほうが僕らはこのフィールドにいる、という自負だったりとか負い目が過剰に出てしまう可能性があるもんね。
▼逆に上げる
ーピンク映画でデビューされてから今年で11年になりますが、その間ピンク映画を取り巻く環境の変化は感じましたか?
川瀬:最近思うのは「僕らのスタンスはさほど変わってない」ということ。ただ、むしろ周りが変わってきましたね。ちょっと前だったらメジャー(一般作)とマイナー(ピンク)の線引きがある程度あったのが段々(バジェットだけの話じゃなくて)僕らに近づいてきちゃったというか。僕らは同じことをしてるんだけど、逆に上にいたような人たちが過酷な現場になってきたり。これだけコンスタントに35㎜のフィルムで撮ってるジャンルって今となってはピンクぐらいなんで。同世代の役者さんにもフィルムの前で仕事したことないという人がたくさんいるんですよ。ということは多少大きなバジェットの仕事がきても、そこで回してるのはデジカムだったり。どっちが悪いとかいいとかではないけれど僕はフィルムが好きだっていうのはありますね。偏見とかじゃなくて、やっぱりキレイだし、フィルムだとビデオより作品が残ってる感じがするんですよね。映画館でちゃんとかかって、地方をぐるぐる回って、バンドのツアーみたいなもんじゃないですか。途中でバンド名が変わって(ピンク映画は旧作をタイトルを変えて新版として上映することがある)新しいファンが作られて、最終的にはすり切れるまで…というのはちょっと素敵ですよね。
ー周りの敷居が下がってきているだけに…
川瀬:そうそう、逆に上がっていくといいですね。ここ最近はWEBドラマとかも増えてきて、アウトプットがどこにあるのかわからないようなことがあるんですよ。僕ら役者はやってることは変わらないんだけど最終的にどういう形で世に出てるのかわからないことが多くなってきてる。その意味で言うと今回の特集上映とかも劇場でがーんとかかって、そういうところに晒されないものが一般作にも多いだけにピンクって今やっぱりすげえなって思うし、もっと展開あるんじゃないかと。
ー変な言い方ですけど、本当に(作品としてのクオリティが)ちゃんとしてますよね。
川瀬:うん、ちゃんとしてるよー! そりゃあもう。なおかつ納期があって商業ベースにのっとってる。だからそこで思いをぶつけるし。本当はピーカンのシーンだけどその日雨が降っちゃったからそれなりのシーンにしたりというフレキシビリティもあったりして、あーピンクはいいなと。一番小さいユニットだから、カメラマンと照明と監督と役者数人と、助監督と…。大きな現場だと何の係なのかわかんない人もいるからね。
ーやっぱりピンク映画館で喜んでもらえるものを作りたいという気持ちはありますか?
川瀬:10年ぐらい前は観に来てた人が作り手になることもとっても多かった。亀有名画座という映画館が閉館になったときに僕らみんなで手伝って上映をやったんだけど、そのときも思いつめたような青年が当然のごとく瀬々さんのところに「ファンです!」みたいに寄って行ってて(笑)。でも今はそれがどこでも起き得る。いいところも悪いところもあるけど、ピンクは変わらずそこにあるだけで、周りの反応が変わってきたとは思う。それまでは上映が終わったら終わりだったのが特集上映やDVDになったりとかもして、「あ、ピンクでもそういう話があるのね」ってところからスタートしてもいいし。でもピンクって面白いのは、たとえば滝田洋二郎監督はメジャーの方ですけど、(昔ピンクを撮ったということで)どこかリンクしてるって勝手に思える。その意味でも俺は本当にピンクに出会えてよかったなって思いますね。若い監督によっては(ピンク映画が)たとえば絵画で言うとデッサンだったりクロッキー的な段階の人もいるわけですよ、もちろんピンクをずっとやっていく人たちもいますけど。でも最初の頃はどんなことを言っていても出来上がったものはその人の片寄りが出るんですよ。そういうときに出会うから、すごく一緒にものを作っている感じがあって、ピンクは本当にそれが楽しい。今回失敗しても「じゃあまあ、次行くか」みたいな。(国映の)おネエさんも「ずっとここ(ピンク)にいなくていい、出て行って構わないし」ということをよく言うんですけど。やっぱりデッサンだから描きながら作ることをよしとするっていうか、むしろここで変に固まっちゃってもしょうがないっていうか。
▼ピンク映画を「発見」する
ーもともと映画が好きで自主映画の助監督をされてたんですか?
川瀬:そうです。その頃は趣向がまた(デヴィッド・)クローネンバーグとかでしたけど、特に僕にとってはやっぱり瀬々さんの存在が大きくて。馬鹿な言い方だけど、こんなに苦しんで作ってるんだ、こんなに言いたいんだという感じは、自主の時には正直よくわからなかったんですよ。だから改めて映画が好きになりましたね。僕らの世代は芝居で言うと妙なナチュラル指向にとらわれてたっていうか、逆にピンクはアフレコだから自分の言ったことが一言一句出るわけですよね。(芝居をする)意味がわかりますよ。ちゃんと人にものを伝えるっていうことと映画の中での自然ということは普段のナチュラルとは違うんだということが。自分の中でも観る映画が変わりましたね。実生活ではこんなことは散々やってるから嫌だ!っていう映画があるんですよ。俺は映画やるんだったら映画のためにやりたいし、かっこよく言えば映画の中の人生をやりたいというか。
ーなぜピンク映画の世界で俳優をやるのですか?
川瀬:んー、ベタな言い方をすれば、僕らは「彗星のように現れた」人たちじゃないわけですよ。もしそうなら今頃メジャー映画でバンバンやってるだろうし。でもそうじゃなかったわけですよ、良くも悪くも。そうすると、ピンクだと脇役もやるけど次の日には主役もやる。なおかつ観てる側にしてもその人がどうなるのか展開が読めないじゃない?あまり知られているわけでもないし。だからこそ純粋に芝居を観て評価してくれるときもあるし。そういう自由度がとってもあるから、基本的には役者がみんな同じ地平に立ってるんですよ。芝居がめちゃくちゃ上手くてもカラミになったらメケメケになっちゃう人もいるし、「俺はここでやってた」みたいな肩書きが何の意味も成さない世界がピンク映画かな。満を持してやった、とか、万全を期してやった、とかが上手くいくとは限らないし、むしろそっちのほうがコケる可能性は高くて、どこか勢いをスポイルしないでやれたものがバッチリ出てくる気がしますね。それがピンク。瀬々さんだって芝居はまず成りでやらせるからね。トシキさんだって型を求めてるわけじゃなくて、お前のちゃんとした成りでやれよ、ってことだから。その意味では僕はまだ小さくまとまってるのかもしれない。
ー普段、撮影しているときには女性を意識していますか?
川瀬:ううん、しない。何でかって言うと、男がやってる以上は男の側からの視点しかもてないと思ってるから。で、僕らはその女の子を好きな奴っていうつもりで出てるから。あんまり女性のお客さんから見て、という感覚はない。
ーでは、できたものに対して「ここは女の人もわかるのでは」というところは?
川瀬:んーでもその場合は、ピンクを観てる女の子って男を見てないと思いますよ。女の子を見てると思う。私だったらこんな男好きにならない、とか思ってるかもしれないし。ピンクに関して女の人が見てるのは女の子だと思う。だから主人公の女の子への共感や反発は面白く観れるんじゃないですかね。僕らはいかにそこで触媒としてやっていくかというところかな。今回のラインナップは国映の作品が多いんですけど、よく見ると世代間のこともあるし、上の世代でも趣向の違う友松(直之)さんみたいな監督や、後藤さんみたいに僕らとは違う歴史を歩んできた監督がいたりして、面白い組み合わせになってるんじゃないかと。
ー海外では「ピンク映画」という概念自体がわからないそうです。
川瀬:そうそう、対比にはならないけどイタリアのソフトコアぐらいの感覚なのかなあ。イタリア人とはそういう話したけどね。アメリカ人なんかますますもってわからない。説明するときにも「プロレスとバーリ・トゥードの違いですかねえ」みたいな。だからこれは逆に誇っちゃうな、こんな変わったジャンルの映画はそうないと思うし。たまたま三本立てを観に行っておまけで観てしまったとか、そういう出会い方は幸せだと思いますね。こういう特集上映の何がいいってそこなんだよね。僕らが名画座に観に行って、その監督に何の恩義もないのに劇場に毎週馳せ参じたり、嫌いだった監督だけどこれは面白かったという発見が普通に楽しかったから。そういう発見の喜びがあるかもしれない、この上映は。ひょっとしたら誰も知らないような人に注目したりとか、その人がまた違う作品に出ていたりとか。それはちょっといいかもしれない。
10年という月日は長いようでも短いようでもあります。この10年で変わったこと、変わらないこと、それはピンク映画に限った話ではありません。もちろんそれ以前からピンク映画はありましたし、これからもそう簡単になくなりはしないでしょう。しかし昨日まで当たり前のようにそこにあったものがある日突然なくなることだってあるのです。そう考えると、この何十年かのピンク映画の歴史に続けていくことのちょっとした奇跡を感じずにはいられません。その奇跡を維持しているエネルギーがどんなものなのか、少しでも劇場で感じていただけたらと思います。
(インタビュー・構成:那須千里)
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