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2007年12月12日 (水)

『たそがれ』/解説

Tasogare07

いまおかしんじの最新作は、還暦を過ぎた男女の恋を描くアンチエイジングピンク映画だ。あまりにもオーソドックスなフォルムのため、近作『かえるのうた』(05)のおおらかな肯定力や、『おじさん天国』(06)のめくるめく不条理を期待する向きは肩すかしを食うかもしれない。しかし老いらくの恋を見つめる監督のまなざしは、いつも以上に心優しく温かい。人情の機微を掬いあげる演出は円熟の境地に達していると言っていい。

 「老人の性」が主題と聞いて敬遠するのは間違っている。いくつになっても人間は能力と相手がある限り恋をし、セックスをする。監督は若い男女の性愛を描くのと同じ、「どうってことない」という風情で彼らの性に寄り添っている。そこにのぞき見的な、あるいは“ピンク映画”的ないやらしさはない(念のため申し添えておけば、ヒロインを演じる並木橋靖子の裸はさすがに張りや瑞々しさには欠けるものの、優しく包容力があり、不思議な郷愁をすら喚起する)。

 後半、鮒吉は和子を強引にラブホテルへと誘い込む。となれば、着衣を脱ぎ捨て、やみくもに行為へと突き進むのがピンク映画の倣いである。だが本作では法外な時間を費やし、行為に踏み切れない彼らの心もようを丹念に描出する。ベッドに横たわった和装のヒロインが、恥じらいながら鮒吉に甘える姿のなんと愛らしいことだろう。鮒吉の股間に手を置きながらぽつりぽつりと呟くセリフの、なんと味わい深いことだろう。彼らにとっては、行為そのものよりも、行為にいたる過程そのものがもっとも尊いひとときなのである。アフレコによる声と唇の動きとの小さなズレが、人生に疲れ、世間から見捨てられた高齢者ふたりの寂寥をいっそう際立たせる。少なくとも筆者は、スクリーンでこういうかたちの情緒に接したことは一度もない。
ついに愛を交わした後ヒロインは陶然と言う。

「わたし、今晩のことで残りの一生生きていける」

 その一生とはあと何年あるんだ。この夜の記憶を、彼女はどんなときにどんな表情で追想するんだ。手を振りながら観客の視界から消えてゆく彼女の小さな背中に、心を揺さぶられない者などいまい。確かにふたりは余生を生き抜くのに十分な愛の記憶を手に入れた。しかしこの映画においては複数の人物が癌に罹患し、あるいは物故している。死はもはや日常と化している。鮒吉や和子もそう長くはないだろう。

 監督はそんなクソリアリズムにはあくまで背を向け、明るく陽気なエンディングを用意する。その優しさは高齢者にとってむしろ酷だが、現在42歳の監督にとってはそれが加齢という現実に対する精一杯のアンチテーゼであり、年老いた人々へのエールだったのかもしれない。

 脚本を担当した66歳の新人・谷口晃による当事者ならではのリアリティと、なるべく低い目線で、声なき者の声に耳を傾ける——そんないまおか監督の創作姿勢が共振し、本年度を代表する見事な人間ドラマに仕上がった。

Text by 膳場岳人(脚本家・映画ライター)

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